章     続・ワタシ日記




第十三週 「焼跡」

3月13日(月) ハレ

遠藤智久の家が燃えました。あの子の家と同じように。
けど遠藤は生きてました。そのまま燃えてしまえば良かったのに。
川口君、弟さんの恨みがあるからあいつ殺しちゃうかと思ったけど別にもうどうでもいいらしい。
弟より遠藤の方が殴り甲斐があるからって。あの人、ホントにサドだわ。
遠藤智久。私は大嫌い。あいつは杉崎先生を殺してるのよ?
焼け跡に行ってみました。遠藤はどっかのカプセルホテルで寝泊まりしてる。
焼けただれたボロアパート。ロープが張られて中には入れません。
遠藤の部屋の方を眺めてみました。ドアの前には何かの棒が引っ掛かってました。

希望の世界。もう誰も書き込んでない。
パソコンにコツンとおでこをぶつけてもたれかかってみました。
全ては、ココから始まったのよね・・・・。


3月14日(火) アメ

今日は雨が降りました。何をすることなく、家で考え事をしてました。
初めて希望の世界にアクセスした時のことを思い出していました。
虫に反撃され、荒ちゃん・・・・荒木さんを地獄に突き落とした。
そして、イジメが。一人パソコンルームに逃げ込んで、ふと目に付いた机に書かれていたアドレスにアクセス。
「希望の世界」へ。
sakkyは眩しいくらいに爽やかでした。私もsakkyの様になれたら・・・
無理なのは分かってました。私の歪んだ性格は簡単には変えられない。
虫をイジメた時と同じ。良くない事だとわかっていても、つい悪さをしてしまう。
性別を偽って「希望の世界」に入り込んだ。イジメられる自分は嫌いでした。
でも今考えると・・・・あの時の「三木」は、一番正直な私だったのかもしれない。
今はもう、何もかもが変わってしまったけれど。


3月15日(水) クモリ

3人で集まりました。川口君。遠藤。
川口君は遠藤のお腹をいじくってました。痛い痛いと遠藤が叫んでもやめてませんでした。
あの傷の人は、誰なのか。私達は、あの人のせいで混乱してます。
私の前に現れたときは、自称荒木さん。
川口君の前に現れた時は、自称風見君。
遠藤の前に現れた時は、自称ワルキューレ。
「sakkyを守る会」は川口君から教えてもらってからはずっとチェックしてたけど、今はもう消えてる。
あのメンバーもボレロこと遠藤を除けば、全てあいつの自作自演?
荒木さんか。風見君か。この場合このどちらかしか考えられません。
荒木さんが炎の中生きていたのか。
風見君が病院を抜け出して行方不明のまま行動してるのか。
私達は、とにかく二人について調べる事にしました。
私は荒木さんの方を担当しました。他の人には調べて欲しくない。
あの子は、私の親友だったんだから。


3月16日(木) アメ

この前より強く雨が振ってました。夕方には止んでましたが、もう外に行く気は起きませんでした。
荒木さんのことを調べるって・・・今更何をしろと言うのでしょうか。
荒木さん。あの子が戻ってきた時の事を思い出しました。
傷だらけの顔。元がどんな顔なのかもわからない。・・・・男か女かわからない程の傷だったんだもの。
荒木さんと名乗られても、私はそれで納得してしまった。
あの頃から私は少しずつおかしくなってきてたのかもしれません。
それでもまだ、あの時の方が感情表現うまくできてたかな。
今ではもう、気持ちをうまく言葉にすることができません。
だから私は・・・
私も・・・狂ってるのでしょうか。


3月17日(金) クモリ

荒木さんの家に行ってみました。すっかり更地になってました。
焼け跡があったことは想像もつきません。ここに、人が住んでたのよね。
寂しく、草も生えず、そこはただの何もない空間でした。
燃えれば全てが消えてしまいます。もう私の記憶の中には荒木さんの家はありません。
どんな形で、どんな色をしてたのか。思い出す事はないでしょう。

「希望の世界」は誰もいなくなった今でもちゃんと存在してます。
色。デザイン。この目でしっかりと確認できます。
日記の更新はされてない。私がしてないからです。
更新する気にはなれません。


3月18日(土) クモリ

あの日の新聞は今でもとってあります。
荒木さんが燃えた時の記事。一家焼死。
目をつぶるとあの時の炎が蘇ってきます。私は何か思っていたでしょうか。
ただ見ていただけの気がします。黒い衣装に身を包み、燃えさかる炎を眺めていました。
そして私はアノ場所へ。殺人計画を遂行するために。
私は誰を殺そうとしていたんでしょうか。誰に向かってナイフをかざしていたんでしょうか。
そこにはカップルと一人の男がいたのが覚えてます。男は川口君でした。
川口君。奥田グループで一番評判が悪かった人。
陰で「破壊神」と呼ばれてました。。モノもヒトも、すぐに壊すので有名でした。
虫へのイジメにはあまり参加してなかったような気がします。
彼は、嫌がったり抵抗する人の方が好きらしいから。
虫の様に何も反応しないヤツには興味が無かったのかもしれません。
その川口君も、荒木さんの死は信じてないようでした。

荒木さんからのメールで私は急激に冷静になりました。同時に何かがわからなくなりました。
次の日の新聞はすぐにチェックしました。一家焼死。
何度読んでも変わりません。そこには、かつての親友の名前がありました。
荒木さんは間違いなく死んでいます。死んでるんです。
燃えてしまったんです・・・。


3月19日(日) ハレ

川口君は荒木さん焼死の記事を見て、ため息をついてました。
荒木さんには生きていて欲しかった、みたいなことを漏らしてました。
今日も遠藤は川口君に殴られてました。
お腹の傷に響くからやめてと言っても川口君はやめませんでした。
「なんで病院を調べに行かなかったんだ」
遠藤はブツブツと子供のように口をとがらせてグズってました。
無理でしょうね。私は思いました。
遠藤は早紀ちゃんに会いに何度か病院を訪れてます。(早紀ちゃんがそこにいるわけないんだけど)
ロクな思いをしなかったのはすぐに想像できます。
病院には嫌な思い出があるから行きたくない、というのわけね。
「もう風見で確定なんだ。あいつは2件も放火してるんだぜ?ちゃんと探せよ!」
川口君が叫んでも遠藤はただひぃと怖がるだけでした。
川口君は弟さんの筋から情報収集してたらしいのですが、特に新しい情報はなかったみたいです。
私が行く。そう言いました。
私も病院には一度行ったことあります。
そしてなにより、早紀ちゃんから病院の事は少し聞いてます。
私が行くべきなのでしょう。
遠藤は喜んでました。川口君も「仕方ねぇ。そうするか」と言ってました。
風見君探しが始まります。早紀ちゃんの名を悲痛に叫ぶ姿を思い出しました。
あれが、彼を見た最後。それ以来風見君との縁は切れました。
けど、そんな簡単には縁は切れなかったみたいです。
風見君。アナタは何をやってるの?

家に帰ると、私はもう一つとってある記事を机から引っ張り出しました。
二人には見せなかったものです。
訂正記事。荒木さん焼死の記事に対するお詫びが書いてあります。
「一命を取り留めたにも関わらず、死者として報道したことを・・・・」
再び机にしまいました。


第十四週 「疾走」

3月20日(月) ハレ

風見君の事を考えると、どうしても早紀ちゃんのことまで一緒に思い出してしまいます。
虫の妹。顔は似てたけど性格は全然違いました。
私の名前を貸して欲しい、と言ってきた時には何をするのかと思いました。
ニッコリ笑って「まぁ見てて下さいよ」って言ってたっけ。
そのまま風見君を騙していました。それが肉体関係にまでなるなんて思いませんでした。
早紀ちゃんには何か特別な魅力がありました。
「渡部さん、なんかお姉ちゃんみたい」と言われた時は私でもドキリとしました。
私には男兄弟しかいないから、早紀ちゃんが妹のように見えました。
あんなにカワイイ子だったのに。
死んでしまうなんて。


3月21日(火) クモリ

早紀ちゃん曰く「敏腕ドクター」の父親。風見君が入院してる病院に勤めてました。
以前風見君を中に入れてあげるとき、あの先生に面会を頼みました。
私が虫に会いに行く、という形で。(私は会いに行かなかったけど)
岩本先生は早紀ちゃんの名前を出すとしぶしぶ承諾してくれました。
そして風見君は中へ・・・。

今日、その病院に行って来ました。風見君への面会を申し込みました。
答えは「面会できません」でした。行方不明だとは言ってませんでした。
赤の他人にそんな事言うわけありません。そこまでは予想していました。
そこで私は「岩本先生に会いたい」と言いました。
「以前お世話になったので、是非会ってお礼したくて」
嘘は言ってません。
受付の人は一瞬顔を曇らせて「少々お待ち下さい」と言って奥に引っ込みました。
数分後、戻ってきた時の答えは、「現在岩本は休養中です。いつ頃復帰するかは未定でして・・」
苦しい言い訳です。けどこれ以上言っても無駄だと思ったので、岩本先生の連絡先だけ教えてもらって帰りました。
受け取った連絡先は、もう抜け殻となってしまった岩本家。
電話しても、虚しく呼び出し音がなるだけでした。
誰もいません。


3月22日(水) ハレ

岩本家の蒸発は早紀ちゃんの死がきっかけ。それは間違いないと思います。
そしてもう一人、早紀ちゃんの死でおかしくなってしまった人。
風見君。彼はあのまま入院してしまいました。
川口君から聞いた時、不思議に納得してしました。風見君にとっても、早紀ちゃんの存在は大きかったのね。

私が病院に行っても岩本先生のスジから攻めるのはもう不可能。
漠然と助けになるかと思ったけど、やっぱり無理でした。
今日は別の病院に行って来ました。
川口君の弟さんが入院してる病院です。話には聞いていましたが、なかなか痛々しい格好してました。
ギブスやら包帯やら。うまく体を動かせてません。
遠藤にやられたのに。川口君は今じゃその「弟の敵」を相手に遊んでます。
かわいそうな弟さん。お兄さん、おもちゃになりそうな相手なら誰でもいいみたいよ。
「初めまして、マサヨシ君。お兄さんから話聞いてる?」
川口君には話を通しておきました。風見君の住所を聞くだけならマサヨシ君に会う必要ないんだけど、
どうしても「風見君の友達」の話を直接聞いてみたかったんです。
「あ、どうも」と弱々しく答えてました。
それからしばらく風見君の話を聞きました。
こうして他の人の口から聞くと、風見君は普通の中学生だったんだと改めて実感しました。
マサヨシ君は風見君の事を心配してました。あいつドコ行っちゃたんだろう。元気なのかなぁ、って。
ご心配なく。
元気過ぎるくらいよ。


3月23日(木) アメ

風見君の家に行きました。家には風見君のお母さんが居ました。
私は風見君の恋人だと名乗りました。「最近連絡が無いから、家に来てみたんですが」
母親は半信半疑でした。息子に恋人がいたなんて信じられない。そんな顔。
昨日マサヨシ君から得た知識をフル動員して風見君の話をしました。
一緒に遊んだ事(実際にはマサヨシ君と)や、受験の事で悩んでた事(本当は「希望の世界」の事で悩んでた)。
私は風見君の事なら何でも知ってるんです。彼に会いたいんです。
彼は今どこにいるんですか?
ここまで言っても母親は渋ってました。下手な言い訳をされる前にこっちから言いました。
「彼、病院に通ってるみたいな事を匂わせてたんですけど・・・」
この一言であっちも決心ついたらしいです。
「実は」と話し始めました。風見君は入院先で、行方不明になってる。
そうですか。ならその病院に行きましょうよ。
私は今でもこの母親には理解できません。何故風見君をもっと真剣に探さないの?
「一緒に病院へ行きましょう。行方不明だなんて説明、私には納得できません。」
母親はあまり乗り気でなく「そうねぇ。そうしましょうか。」と言うだけ。
無理矢理でも連れていきます。母親と一緒なら、風見君への情報も深いところはで引き出せるはずです。
明日行くことに決定させました。

最後まで煮え切らない態度。あの母親は、もしかしたら既に息子を諦めているのかもしれません。
恐らく、行方不明になる前から。愛されてなかったのね。
カワイソウな風見君。でも同情はしてられません。
してあげない。


3月24日(金) アメ

再び病院へ。今度は風見君の母親と一緒に。
とにかくこの母親に喋らせました。「うちの子はまだ見つからないんですか?」
私は後ろに控えてました。受付の人は引っ込んだまましばらく出てきませんでした。
数分後、母親は奥に通されました。私も一緒に行こうとしたら断られました。
恋人だからと頑張っても「身内だけで」と許して貰えませんでした。
強気でお願いしますよ、と母親に言い渡して、私は諦めて残りました。
やる気無い身内はオッケーでやる気ある私がダメなんて。
悔しいけど今は仕方ないと思い、しばらくロビーで待ってました。
ベンチに座ってると、なんとなく以前来たときの事を思い出しました。
ベルを持って風見君に激励しに来た。
あの時は遠藤も風見君も中に入ろうと頑張ってたっけ。
奇妙なものね。今じゃ遠藤は仲間になり、風見君は行方不明。
風見君。アナタ今どこにいるの?
ご飯は?寝る場所は?ただ行方不明なだけじゃ、生きていけるワケないじゃない・・・。
ふと前を見ると、目の前に変な男がおどおどしながら立ってました。
あの、あの、あの、って。何か言いたげです。
ココは精神病院。変なヤツが居てもおかしくないけど・・・・この様子。私に用が?
「何?」こっちから聞いてあげました。
男はハイッと声を上げ、背筋をピッチリ伸ばして体を固めました。
そして、ハッキリ言いました。
「アザミさんからのでんごんです。ようこそ、っていってくれとたのまれました。」
幼い子供が原稿を読むような感じでした。
私はその男の肩を捕まえました。ガクガクと揺さぶり叫びました。「誰からだって?もう一度言って!」
そいつはひぃと怖がって何度も名前を言ってました。アザミですアザミですアザミですアザミです・・・
・・・・・アザミ・・・・・・・・・・・カザミ・・・・・・・・
私は男をはねのけ、ロビーを駆けめぐりました。
何人かの患者は私の走る音を怖がって泣いたりしてました。
叫ぶ人もいました。座り込む人もいました。つられて走り出す人もいました。けど、
風見君はいませんでした。
ベンチに戻ると男はメソメソ泣いてました。
「アザミさんは、何処に居たの?」
聞くと男は泣きながら首を横に振りました。
「お話したらすぐに外出ちゃった。何処にいるのかわかんない。」
そう・・・・・。

風見君の母親が戻ってきて最初に言った言葉は「何処にいるのか病院側もわかんないんですって」
私は思わず笑いました。心を病んだ人と、それを治す人。言ってる事が同じなんて。
母親が何も言わない人だから、できるだけ行方不明のままでいさせようってワケね。
自分たちで見つけないと病院の責任問題になっちゃうってコト?もう十分問題になってると思うんだけど。
結局風見さんが新しく得た情報は有りませんでした。
まぁいいわ。風見君、私の行動ちゃんとチェックしてるみたいだし。
しかも歓迎してくれてるらしいです。
「ようこそ」って。


3月25日(土) ハレ

せっかく歓迎されたので、今日も病院に行ってみました。
土曜日ということもあってか、あまり人は居ませんでした。
ベンチに座り、これからのことを考えてました。
あの母親は使えない。病院の人達は何も教えてくれない。そして荒木さんは・・・・
そこまで考えた時、私の目の前をスっと誰かが通りました。
チラっと顔が見えました。一瞬自分の目を疑いました。
傷タだらけの顔。風見君!
すぐに立ち上がりました。風見君はそのまま奥の方へと歩いていきました。
叫ぼうかと思ったけど思い直しました。アノ様子、私に気付いてない。
なら、何処にいくつもりなのか確かめなくちゃ。
距離を置いて、こっそり風見君の後を付け始めました。
風見君は同じペースで歩き続けました。大きな扉の前を横切って、さらに奥へと進んでいきました。
やがて小さいドアに辿り着き、ガチャンと開けてドアを抜けました。
ドアは半開きのままにされてました。私はドアが閉まって音が鳴らないよう、足早にそこまでいきました。
ゆっくりドアを抜けると、外に出ました。閑散としてる。裏口だったみたいです。
風見君が奥の建物に入っていくのが見えました。そこの扉は開きっぱなしでした。
私も追って中へ入りました。暗く細い廊下が続いてます。風見君はどんどん奥へ進んでいく。
角を曲がってしまいました。その時、風見君の方で何かがキラリと光りました。
何だろう?小走りしながら考えてましたが、よくわからないままでした。
私も角を曲がると、出口が見えました。ドアは開けっ放しで、光が漏れてる。
ヤバイ。見失っちゃうかも。急いで出口に向かいました。
出口に辿り着くと、ふとさっきの疑問が蘇ってきました。
半開きに戻ってるドアを開けようとしたまさにその時、思いつきました。
あれ・・・・・・鏡?
一瞬の判断でした。あれが鏡だとすると、どんな結論が?
簡単。風見君は鏡で私が追ってくるのを確認してた。・・・・・気付かれてた。
となると?

私がドアのノブから手を離した途端、それが襲いかかってきました。
ビュンと、音を立てて。私が手を引いたせいで、それは空振りして地面に突き刺さりました。
・・・・シャベル。
体ごとドアにぶつかり、シャベルを飛び越して中に駆け込みました。
ここは・・・・中庭?
患者さんらしき人達がたむろしてました。泣きべそかきながら手で地面を掘ってるおじさんが目に映りました。
今抜けてきた所に目を戻しました。男がシャベル抜いて、もう一度頭の上に振り上げました。
ビュン、とまた音が鳴りました。とっさに横に飛び、なんとかかわしました。
ザクっと音を立ててシャベルは地面に突き刺さる。土が舞って私の服を汚しました。
「やれって言われたから!やれって言われたから!」
昨日の男でした。
そしてもう一度シャベルを持ち上げました。
誰かが叫びました。それに反応して一人、また一人と叫び始めました。
遠くで白衣を着た医者らしき人が入ってくるのが見えました。
私は男を突き飛ばし、元来た道を大急ぎで戻りました。

家に帰って落ち着くと、急に体が震えてきました。
ガタガタを歯が鳴り、手がブルブルして言うこと聞かない。
涙も出てきました。今頃になって冷や汗まででてきました。
そこまでなってから、ようやく今日自分の身に起きたことが理解できました。
私・・・・・殺されるところだった?
震えはしばらく止まりませんでした。


3月26日(日) ハレ

とても嫌な目覚めでした。
昨日の恐怖がまだ取れていないようです。
ある程度の覚悟はできてたはずなのに。いざ身に迫ると怖くなる。
日曜日。外は晴れてるのに外に出る気にはなれません。
なのに出る羽目になりました。
弟が言葉がきっかけでした。外から帰ってきた時の一言です。
「さっきそこでさぁ。家の前でへんな男がウチの方見てたんだよ。そいつ顔がなんかぐちゃぐちゃでさ。超怖かった。」
姉ちゃんなんか気を付けた方がいいかもよ、そう言われた時にはもう私は外に出る直前でした。

勢い良く外に出ました。何も武器は無いけれど、ココで引くわけにはいきません。
家のまわりを見渡しました。誰もいない。
それでも私は探し回りました。駆け巡りました。
いない。何処にもいない。どうして!!
私を狙ってるんでしょ?風見君!!
何処まで走ったんでしょう。気がつくとかなり家から離れた所まで来てました。
公園のベンチで少し休みました。日曜は子供連れとかカップルとか多いわね・・・。
座るとすぐに立ちました。
人々の間の向こうで、風見君と目が合いました。
彼はそのまま立っていました。
私は人々の間を走り抜け、彼の元に急ぎました。
スっと風見君が向こうに消えました。また逃げる気!?
「待ちなさい!」
今度は叫びました。彼も走って逃げていきました。
私は走りながら叫んでいました。
「家にまで来ることないでしょ!!」
風見君との距離は縮まりません。尚も逃げ続けます。
「家族は関係ないはずよ!!」
距離が開くたびに、声も届かなくなっていくような気がしました。
必死になって走り、そして叫んでました。
「なんで・・・・狙われなきゃいけないの!!??」
風見君の足が止まりました。思わず私も走るのをやめました。
ゆっくり歩いて近づきました。風見君は動きません。
彼が口を開きました。まだ少し距離があったので、はっきり声は聞き取ることはできませんでした。
しかし、ほんのわずかだけと、彼のしゃがれた声を耳にすることができました。
荒木さんを名乗った時は「喉が潰れたから」こんな声になったと言ってたけど。
なんてことない。低いその声は、やっぱり男の声でした。
そしてその言葉に、私は足を止めました。
「sakkyを侮辱した」
風見君はそのまま踵を返して行ってしまいましたが、私は追うコトができませんでした。
体に杭を打たれたように、その言葉は突き刺さり、しばらく動けませんでした。
sakkyを侮辱した。
ただそれだけの言葉に、私の心は支配されました。
どうしてでしょう?この言葉だけで納得できてしまうのは。
怖いくらいに納得できる。
こんなにも。こんなにも簡単で・・・・・そして深い理由だったのね。

更新されない「希望の世界」見つめていました。
風見君が言った事。
何も言い返せない。私には何も言えない。
言う権利なんて、無いのかもしれない。
けど。
それでも、私は死にたくない。
風見君。アナタの思い通りなんかになってあげません。
画面を見つめる私の目は、いつまでも乾いたままでした。
早紀ちゃんが遺したあの子の世界。
sakky。
ここではまだ、生きている。


第十五週 「帰巣」

3月27日(月) クモリ

川口君と遠藤に連絡しました。「風見君に会ったよ」
緊急集会です。ジョナサンに集合しました。
病院での出来事と、家まで来たこと。二人に話しました。
「じゃあヤツは、ここら辺をウロウロしてるワケだな」と川口君。
遠藤は「あいつの方こそ早紀ちゃんを侮辱してる!」と怒ってました。
こいつ早紀ちゃんが死んだことを知りません。絶対言わない。それこそ早紀ちゃんを侮辱することになる。
意外なのは川口君でした。早紀ちゃんの事を知ってたようです。
「直接会ったことはないんだけどな」と話し始めました。
「あのくされ外道の奥田が唯一心を開いた相手が、確かそんな名前だった。恋人だったらしいんだよな。」
奥田まで早紀ちゃんに魅了されてたなんて・・・。
こんな所で早紀ちゃんの名前が出てきたので川口君も驚いてるそうです。
さて、風見君は私のまわりにいる。(私達を狙ってるんだから当然よね)
恐らく、もう黙っててもあっちから何らかのアクションはあるでしょう。
やるしかないのね。


3月28日(火) アメ

まさか風見君このまま消えるなんて事ないわよね。
そんな心配をしてた自分がバカらしくなりました。
彼は早速行動を起こしていたようです。
遠藤が襲われました。何の抵抗もできないまま死にそうな目にあったようです。
私と川口君が病院に行くと、彼は私達に泣きついてきました。
「昨日ジョナサンから新しく借りたアパートに帰ろうとした時に道路を歩いてたらいきなり車が突っ込んできて
 はねられてすごい大きな音がして死ぬほど痛くて転がり回ってなんて救急車まで来て乗せられて・・・」
川口君になんでこいつは助かったのか聞いてみました。
黙ってベッドの横に置いてある数冊の本を差しました。
・・・・レモンクラブ?
後で川口君からそれに関する話を聞いて二人で大笑いしました。アレが鎧だなんて・・・
遠藤は「ボクはこれで戦線離脱した覚えはない!」と頑張ってましたが
川口君は「コイツ本当に使えネェヤツだ」と吐き捨ててました。
私と川口君。次に狙われるのはどっちか?覚悟しておかないと。
それにしても。川口君と話してました。
「車は誰が運転してたんだ?」
カノンやトロイメライ。遠藤が実際に会っている。
風見君に仲間がいる事はなんとなく分かってたけど・・・
一体、誰?


3月29日(水) ハレ

警察もさすがにバカじゃありませんでした。遠藤があんな目に会ったので動いたようです。
遠藤が色々聞かれたとわめいてました。「けどボク何も知らないって言っておいたよ」
放火とひき逃げ。警察はこの二つに関連性を見つけるでしょうか。
是非そこを突いて欲しいです。そんな無駄なことをしてる間に、私たちが風見君を撃つから。
無能なヒトタチ。荒木さんが燃えた時点で放火犯を捕まえてれば何もなかったでしょうに。
風見君、あんなのに捕まらないでね。
今一度、私たちの元に出てきなさい。
破壊神・川口君はバットの手入れをしてました。
バット持ったまま巧みに原チャリを操る。どっから見ても通り魔でした。
「遠藤んトコに来たケーサツのお方達は、風見の事は知ってんのかな。」
わからない。私は答えました。けど、いずれはたどり着くでしょうね。
「なぁ」と川口君が少し神妙な顔になりました。
「もしこのまま風見を殺したら、俺達どうなるんだ?」
ケーサツに捕まるのが怖いの?
「そんなこたぁねぇけど・・・」
彼は私達を殺そうとしてるのよ。正当防衛よ。
川口くんはバットを一振りして「そうだな」と答えました。
「この手で仕留めねぇと俺の気も済まねぇしな」
カワイソウに風見君。川口君に手を出したのは間違いだったわね。
それにね。川口君だけじゃないのよ。
私も・・・・この手でアナタを仕留めないと、気が済まない。
私を侮辱したのだから。


3月30日(木) ハレ

川口君が。あの川口君がやられました。
グシャっとした原チャリは動いてるのが奇跡のよう。
所々に川口君の血が付いてます。
私の家に傷ついた川口君が転がり込んできました。
「車だ。原チャに寄せてきやがった」
そのまま転んでしまったみたいです。しかし川口君もタダでやられたワケじゃありませんでした。
バットで窓を割ってやった。そう言ってました。
左手でハンドル操作。惰性のまま走行して右手でバット。器用に怖いことをする。
「運転してた男は知らねぇヤツだった。けどな。気に食わねぇことに、そいつ笑ってやがったんだよ」
というか川口君、よく無事だったわね。
「受身とったからな」という納得できるようなできないような理由でした。
この人、転び慣れてる・・・・いや、事故に慣れてる。
「畜生!来るのはわかってたのに・・・注意が足りなかった・・・!」
私の部屋で川口君の治療をしてあげました。
バットを抱え、「絶対殺してやる」と呟いてます。
残るは私だけ。川口君はここで風見君達を待つつもりらしいです。
それもいいでしょう。

弟は私が男を部屋に連れ込んでるので驚いてました。
両親も何か言いたげでしたが、怪我人だったから特に何も言いませんでした。
みんな。今は何も言わないで。
既に私の家族も巻き込まれてます。風見君に、家がバレてるのだから。
遠藤も川口君もやられた。もう避けられない。
私の部屋に川口君が寝てるのは不思議な気分です。
そのせいではないのですが、私はなぜか眠くなりませんでした。
そっと胸に手を当ててみると、鼓動が早くなってるのがわかります。
次は私の番。
緊張してるのね。


3月31日(金) ハレ

それは夕方ごろでした。
川口君は突然立ち上がりました。バットを掴み、じっと目をつぶりました。
あたりはシンとしてました。仁王立ちのまま動かない川口君。
私も耳を済ましてまました。時計の音が妙に響きます。
ガサッと外で音がしました。
「来た」
川口君が呟きました。
忍者みたいに音を立てずに部屋からすごい勢いででて行きました。
私も慌てて後を追いましたが、もう川口君は外にでてました。
この人すごい。なんでわかったんだろう。
後で聞いたら「経験だよ」って言ってました。

風見君が逃げていきます。走ってました。
川口君が原チャのエンジンをかけたのと同時に、すごい勢いで車がやってきました。
私に突っ込んでくる・・・直感した私は横に飛びました。
それでも避け切れない。車もハンドルを切って私に向かってきます。
自分の家の前で死ぬなんて。
私の体が突然宙に浮きました。川口君。一瞬の内に私を抱えて車をよけました。
キキキと急ブレーキの音が響きました。その勢いでUターン。
その音を身近で聞いた私は耳がキンとなりました。
車が私の目の前を走るとき、割れた窓から運転手の顔がチラっと見えました。
笑ってる。確かに川口君の言う通り。
でもこれは、笑ってると言っていいのでしょうか。
なんて言うか・・・・自嘲した笑い・・・?
そこまで考えた時には私は原チャリの後ろに乗せられてました。
事が進むのが早すぎて自分の立場を把握するのに時間がかかりました。
川口君の叫び声で我に返ったのを覚えてます。
「畜生!」
原チャをバンバン叩いてます。私のトコにも響いてました。
何をやってるの?疑問に思ったけどすぐに答えは出ました。
動かないのね・・・・
バットが地面に叩きつけられました。すごい音が鳴りました。
私は原チャを降り、家に戻りました。
心配そうに私を見る親。「なんでもないから」
納得してもらえませんでした。何か色々聞かれましたが私は「なんでもないから」を繰り返してました。
様子を察した川口君は原チャを引っ張って帰ってしまったようです。
だんだんお母さんの声が遠くなっていきました。
弟の顔も遠くなっていきました。
そうね。このまま遠くに言ってしまった方がいいでしょう。
そうすれば巻き込まれないで済む。もっと遠くへ。遠くへ・・・
部屋に入りカギをかけました。

その瞬間でした。あの運転手さんが誰なのかわかってしまったのは。
あの顔に思い当たる人が、突然浮かんできました。
私はかつて、自嘲的な笑いをする人にあったことがある。
あの時もそうだった。ケケケって笑ってた。
風見君と一緒にいる。あり得るかも。あり得るわ。
だってあの人は風見君の・・・・
私はベッドに倒れ込みました。
眠ってしまいたかったけど、どうしても眠れません。
頭の中は真っ白なのに。私も遠くへ行ってしまったのかもしれません。
昨日は眠れなかった。今日も眠れない。
目が閉じない。


4月1日(土) クモリ

電話が鳴りました。風見君のお母さんからでした。
以前会ったときに「新しい事がわかったら教えてくれ」と電話番号を渡しておきました。
「ちょっと来て欲しい」との事でした。
急いで風見君の家に行きました。

相変わらず何も考えてないような顔で迎えてくれました。
「アナタにも聞いてもらった方がいいかなと思って」
奥に通されると、スーツを着た男の人達が座ってました。
軽く会釈をされたのでこっちもペコリとしました。誰だろう。けどすぐに紹介されました。
「病院の方達です」
納得しました。そして私が呼ばれた理由も。
新しいことがわかった。私が散々けしかけてたから、風見さんも私を呼んでくれたんだ。
病院の人達の前に座ると「今お茶を出すから」と風見さんは引っ込んでしまいました。
この人達は明らかに私がいるのを嫌がってます。顔に出てる。
私が「風見君のことで何かわかったのですか?」と聞いても曖昧な返事ではぐらかすだけです。
私には教えてたくない。知られたくない。見え見えの態度にしばらく気まずい状態が続きました。
風見さんがお茶を持ってきました。場の雰囲気を察することもなくマイペースでした。
この人、本当に何も考えてないで生きてるんじゃないの?そんなことを思ってしまいました。
私は風見さんに催促しました。「で、話は何でしょうか」
ああそうそう、といかにもオバサンな感じで答え、病院のカタタチに顔を向けました。
「この子にも先ほどのお話を」
嫌々ながらもここまで来たら仕方ない。そんな渋い顔して話をしてくれました。

私はまた周りが遠くに行ってしまいそうになりました。
真っ白に。頭の中が真っ白に。
しかし風見さんの顔を見て急に現実に戻りました。
アナタは、なんでこんな平然としていられるのですか!
叫びたかったけど、なんとかこらえて声をおさえて聞きました。
その答えに私はなぜかどうすることもできない怒りを感じました。
「もう諦めてたから・・・」
そんな・・・そんな簡単でいいの!?
今度は声に出してしまいました。
風見さんは戸惑ってました。病院の人達なんか愛想笑いを浮かべて「まぁまぁ落ち着いて」とほざいてます。
この人達は、なんでそんな簡単に・・・!!
私の怒りから逃げるように、彼らは「では今日はこれくらいで。また詳しい話は落ち着いてから後日にでも」
等と言い捨ててすごすごと帰ってしまいました。無責任よ。けどそれを言わなきゃいけないのは風見さんでしょ!
それでも風見さんは一度も涙を見せることはありませんでした。
私も少し落ち着いて、もう一度話を確認しました。
何度聞いても同じでした。これは現実なんだ。そう思うのに時間はかかりませんでした。

風見君は既に死んでる。

病院内で死体が発見された。いや、骨が見つかった。暖房施設のボイラー室なる所から見つかった。
燃え尽きていた。冬の間中、ずっと燃えていた。
事故か。もしくは自殺か。彼は自らそこに飛び込んだ。らしい。
どうしてそこに入れたのかはわからない。調査中。
納得できない。けど、するしかない。
死んでることは確か。風見君は、間違いなく死んでいる。
骨が風見君のモノであることは警察で確認済み。見つかったのは3日前なんだから・・・
私がフラフラ帰ろうとすると、風見さんは思い出したように「そう言えばこんなものがあったんだけど」と
フロッピーディスクを取り出しました。「ウチの子が書いたものらしいんだけど」
とりあえず受け取っておきました。
家に帰り、早速それを見てみました。
何も言えませんでした。
しばらく呆然としてました。
「カイザー日記」
風見君がおかしくなっている様が描かれています。早紀ちゃんに魅了されていく様が綴られてます。
恐らくこの後生き残ったのね。お腹にナイフを刺したくらいじゃ死なないものね。
それで入院して・・・・そこで早紀ちゃんを追って・・・・・
彼の心の動きが見えた気がしました。
早紀ちゃんの死に際に居合わせた時の涙が再び蘇ってきました。
そして唐突に思いました。風見さんが息子の死に泣かないワケを。
こんな重要なもの持ちながら今まで何もしなかったワケを。
どうでも良かったのよ。生きてる時から。

カイザー日記を読み終わってしばらくすると、川口君に風見君が死んでることを伝えました。
「じゃぁ俺らが昨日見たのは誰なんだよ!」
電話越しに彼の戸惑いが伝わってきます。私は「わからない」と答えました。
でももう私には分かってました。あれが誰なのか。
荒木さん?それは無い。あの人と一緒にいる理由が無い。
もっと当てはまる人間がいる。すべてが繋がる。あいつなら。
川口君は想像もつかないでしょう。遠藤だってわかるわけない。
それはたぶん、私にしかわからない。
明日。明日行ってみよう。

川口君は納得できてなかったけど、とにかく明日ということで電話を切りました。
遠藤にも集合をかけました。風見君の死についてわぁわぁ何かわめいてたけどすぐに切ってしまいました。
連絡を終えると「希望の世界」にアクセスしてみました。
sakkyが何も更新しなくなってからずいぶん経つ。
チャットルームに入り、「sakky」の名で書き込みをしました。「戻ってきたのね」
数分後、更新すると新たに書き込みが増えてました。
「戻ってきたよ」
名前は、「sakkyを守る会」

こいつこそ、その名前に相応しい。


4月2日(日) -ク-モ-リ-

川口君と風見君の家に行きました。
遠藤はまだうまく動けないけど遅れていくとかなんとか。要は動きたくないらしいです。
風見さんは今色々忙しいのかもしれませんが、応対してくれました。
お葬式の準備なんかもあるのね。そこら辺の話も聞いてみました。
事態をうまく飲み込めてない川口君も、これで現実感沸いてくるでしょう。
風見君は、親戚だけでひっそりと送られるそうです。
死に方が死に方だけに、あまり目立ったことはしたくないのでしょうか。
「私もそっとしておいて欲しいから」
この一言で私は納得してしまいました。風見さんは、自分のことの方が大切なのね。
風見君の父親にも挨拶しておこうかと思いました。
けど誰かとお話中だったのでやめておきました。
「恋人」ってだけで、そこまでする必要まではないし。
通りすぎたあと、川口君が耳打ちしてきました。「あの父親、弁護士と病院から金を取る話をしてたぞ」
カワイソウな風見君。今日は素直に同情できました。
もう帰ろうと玄関まで来た時、「なぁ」と川口君に聞かれました。
「風見が死んでるのは良くわかった。で、結局あの傷の男は何者なんだ?」
それはね、信じられないでしょうけど・・・・・言おうとした矢先でした。
見送りに来てた風見さんが「そうそう。渡部さんに伝言があるの」と横から入ってきました。
誰からですか?
「あの子の友達って子から。今朝来たの。『渡部って人が来たら伝えておいて下さい』って言われて」
思わず聞き返しました。その子、顔が傷だらけじゃなかったですか?
風見さんは驚いた顔して「あらよくわかったわね」と。
そして続けて言いました。
「『遠藤さんにもよろしく』ですって。」

私達は遠藤の病院へ急ぎました。
川口君の(なんとか直したらしい)原チャリで数十分。
その間会話はありませんでした。川口君も同じ事を思ってたでしょう。
行けば、すべてがはっきりする。
病院に着きました。すぐに遠藤の病室へ。
面会の手続きが煩わしかった。早く行かないと・・・・・逃げられる。
けどそこで看護婦さんの言ったセリフ。
「遠藤さん今日は大盛況ねぇ。今、先客がいますよ。」
病室に入りました。カーテンの仕切りが幾つか。
遠藤の所だけ閉じられてる。
私がカーテンを開きました。遠藤の巨体がベッドに横たわってます。
力なく、転がってる。口から泡を吹いてます。
アウ、アウ、と呂律が回ってない。かろうじて聞き取れた単語は、「カノン」
窓が開いてました。風が入ってきて髪が少し乱れました。
川口君が「ここ、何階だ!?」と叫びました。
確か、3階・・・・・・・
「降りれねぇ高さじゃない」
二人で窓に乗り出しました。横を見ると配水管が下まで続いてます。これをつたっていけたら・・・
「よぅ」
聞き覚えのある声が下から聞こえました。
「久しぶりだなぁ渡部さん。ああ、男の方は始めまして・・・てワケでもないんだよな。」
道に岩本先生が立ってました。洒落た帽子にサングラス。白衣じゃないけどこれは間違い無く・・・・岩本先生。
「始めましてだろ」と川口君が声をあげました。
岩本先生はケケケっと笑い声を上げて「会ってるさ」と答えました。「そごうの2階にいたヤツだろ」
あの場所に。あそこに岩本先生も居たの?
3階から叩きつけるように、私も叫びました。
「あそこには川口君と、私しか・・・あと居たのはカップルくらいでしょ」
「カップルか」再びケケケと笑いました。
「嬉しいね。俺達まだまだイケるじゃねぇか」
岩本先生は横に居た女の人の肩を抱えました。
女の人は、ぼぉっとしたままなされるままに体を動かしてます。虚ろな目。私と目が合いました。
早紀ちゃんのお母さん。
「トロイメライ」
岩本先生はそう言いました。
「ここに長居をしてるとマズイんでな。また改めて話せたらいいな。」
くるっと後ろを向いて、二人は歩き始めました。
その向こうに、一人の男が立ってました。
恐ろしいほどの無表情で、私達を見つめてる。
もう私には、それが誰だかわかってます。
昨日から、わかってる。
私はその名を叫びました。

「虫!」

川口君が横で「何だって!?」と聞き返してきました。
かまわず私は続けました。
「正気に戻ったのね!」
岩本先生が振り返り、またケケケっと笑って帽子を振りました。
「戻ったよ」
3人はそのまま視界の奥へと消えていきました。
その直前、虫はチラリとこっちを見たのを覚えています。
気のせいか、口が動いたような気がしました。それはこんな事を言ってるんじゃないかと思いました。
「早紀を侮辱した」

遠藤は何か薬を飲まされたらしいです。
何の薬かわからないけど・・・・とにかくこいつは、もう正気に戻ることは無いんじゃないでしょうか。
虫を見失ったあと、遠藤に目を戻したときにはもう完全に狂ってました。
失禁。涎。奇声。もはや人としての理性は失われてる。
この肉の塊を尻目に、私達は病室から出て行きました。
川口君からは質問攻めをされました。
虫は死んだんじゃなかったのか。なぜ今ごろ虫が出てくるのか。
私は「とにかく落ち着いたら話す」と、今日のところは勘弁してもらうことにしました。
私自身、うまく説明できないから。
あれが虫なのはわかった。けど顔の傷が何なのかわからない。
そしてなぜ、「サキ」から「虫」に戻ることができたのか。あの傷に・・・関係ある?
私は家に帰ると、すぐにベッドに倒れこみました。
予想はしてた。けどこうして改めて対峙すると、怖いくらいの現実感が襲ってくる。
無性に体が震えてきます。
この震えが告げているのは、たったひとつだけの事実。

虫が、戻ってきた。


第十六週 「追撃」

4月3日(月) クモり

「僕の日記」と「カイザー日記」を読んで、川口君はとても複雑な表情をしました。
これに早紀ちゃんサイドからの話も加え、ようやく事の状況を理解できたみたいです。
何故虫が復活できたのかは、お互いわからないままでしたが。
「昔のことを思い出したよ」
私も久々に思い出していました。虫をいじめていたあの頃を。
「これで少し納得できたことがある」川口君が呟きました。
どんな事?
「奥田が『虫をいじめよう』って言った時。俺は『あんなヤツいじめても面白くないだろ』って反対したんだ。
 それでも奥田は引かなかった。その理由を聞いてみたら、『俺はあいつが許せないんだよ』って言ってた。
 何がどう許せないのか、その時はわからなかった。知ろうとも思わなかった。どうでも良かったからしな。」
一息ついてから続けました。
「けど、今ならわかる気がする。心奪われた相手の兄貴がアレじゃぁな。許せないってのも納得できる。」
そう。みんな早紀ちゃんに魅了されている。すべては早紀ちゃんを中心に動いてた。
それは川口君も同じでした。今だから言えるんだが、と前置きをしてから話してくれました。
「俺がずっと『希望の世界』をROMってたのも・・・sakkyがどんなヤツなのか気にになってたからなんだよ」
早紀ちゃん。アナタの知らない所でもファンはいたわよ。

遠藤は昨日の病院には居ませんでした。
代わりに・・・あんなに行くのを嫌がってたあっちの病院に移されました。
風見君の死んだ病院に。岩本先生が勤めていた病院に。
虫が居た病院に。
あの人達は、ただ守りたいだけなのね。早紀ちゃんが遺した「希望の世界」を。sakkyを。
デジタル化された早紀ちゃんの魂を。
それを汚す私達を消したがっている。
ホームページを消すのは死を意味する。そんな事できない。
だから、直接消すことにした。そこに関わる人達を。荒木さんを騙り、風見君となって私達の前に現れた。
何も知らない私達は、ただ翻弄されるだけでした。
踊らされるだけでした。
何も知らなかったんだから・・・。


4月4日(火) クもリ

遠藤の見舞いに行きました。
ムシャムシャと憑かれたようにご飯を食い漁ってました。
箸など使わず全て手掴み。涎や鼻水がご飯に掛かろうと構わずとにかく食い散らかしてます。
目は真剣でした。目には肉、米、野菜しか写ってないません。
私達が話しかけても何の反応もなく、ひたすらガツガツ喰ってました。
こんなになっても生きる意思だけはしっかり持ってる。
例え肉の塊でも、こいつは生きていたいのでしょうね。

私と川口君。残った二人。
「虫が俺達を狙う理由は、もう十分わかった。」
川口君は病院からの帰り、こう話し始めました。
「で、俺達はどうなんだ?」
どうって・・・思わず聞き返しました。
「納得したからって、黙ってやられるつもりなのか?」
私川口君の問いかけにしばらく答えることはできませんでした。
虫や岩本先生がやってきたこと。やろうとしてること。
早紀ちゃんへの想いが、私を殺す。
川口君もしばらく黙ってました。
長い沈黙だった気がします。どのくらい経ったでしょうか。
口を開いたのは私でした。
「けど」
私は心を決めました。
「私は死にたくないわ」
俺もだ。間髪入れずに川口君も答えました。
「それで十分だろ。」

虫たちは私達を殺そうとするでしょう。
遠藤のように人格を壊される?それとも本当に殺される?
私は嫌です。生きていたい。
川口君の言った通りよ。それだけでいいはずよ。
例え私達が虫や岩本先生を殺すことになろうとも。いくら他人を壊しても。
その理由はコレで十分。
私が、生きたいから。


4月5日(水) あメ

風見君の葬式には呼ばれませんでした。
けど、風見さんは「今日やる」との連絡だけはしてくれました。
相変わらず何の感情もこもってないように聞こえました。
なんとなく風見君に最後の挨拶をしたかったので
一目だけなら見に行っていいか聞いてみました。
「それなら構わない」とのことでした。
私は一人、風見家に行きました。

・・・・風見君の笑顔の写真を見ると、あの子は普通の中学生だったことを改め実感させられます。
彼をおかしくしたのかなんだったんでしょうか。
「希望の世界」。ここに関わったせいでしょうか。
もうそんなことは考えなくてもいい。
骨となった風見君。
安らかに眠りなさい。
私の用はこれだけだったのですぐに帰ろうとしました。
別れ際、風見さんと少し話をしました。話し掛けてきたのはあっちからでした。
「私のことを変だと思う?」
いきなり言ってきたので少し驚きました。けどその答えはすぐに出る。いつも思ってることだから。
思います。
「息子が死んだのに悲しんでる様に見えないから・・・でしょ。」
私は黙ってうなずきました。ああ、この人も一応自覚はしてるんだ、と思いました。
風見さんは話を続けます。
「正直、私もなんで悲しくないのか分からないの。」
ああそうですか、と心の中では聞き流してました。
「本当は・・・とても悲しいのに。」
その言葉に私は耳を疑いました。嘘でしょう。そんなはずない。だって全然そんな風には・・・
「なんか現実感が無くって」
それはつまり?頭の中で色々考えました。そして結論が出てしまいました。
これ以上話してると私もどうにかなってしまいそうでした。
だからその場はもう帰ることにしました。
相変わらず無表情に手を振る風見さん。
けど、その奥にある思いは。
あの人はやっぱり風見君が死んで・・・いや、行方不明の時点でもう、十分悲しんでいたんだ。
だけどそれを認める事ができなかった。認めたら悲しみに押しつぶされてしまうから。
無関心になることで・・・現実を断ち切ることで、それを押さえていた・・・。
日が経つにつれ、それは限界を迎えるでしょう。
現実を認めなければならない時が来るでしょう。
その時はきっと、ずっと押さえつづけきた感情が一気にあふれ出るはず。
そうなったら風見さんは・・・・
もう考えるのは止めました。これは全部私の考え。
合ってるかもしれないし、間違ってるかもしれない。
それでも私の中では何かわからない感情が巡っていました。
哀しいのか。切ないのか。それはもうよくわかりませんでした。
ただ、私には無表情の奥に隠れた感情が読めなかっただけ。
それだけなのよ。

無表情。私は虫のあの顔を思い出しました。
虫はあの無表情の奥に、どんな想いを秘めているんでしょうか。
荒木さんを騙って私の前に現れた時、それが読めてればこんなことにならなかったかもしれない。
早紀ちゃんを。私は早紀ちゃんを侮辱したのかな?
それは考えるまでも無いことでした。
もし、虫にすべての記憶が戻っていたのなら・・・・
私が「希望の世界」に居るのは許しがたいことのはず。
だって、私は虫に酷い事をしてきたんだから。
そんな女が大切な場所に土足で踏み込んできた。
大切なsakkyの居場所に、踏み込んだ。

川口君。私は無性に川口君と話をしたくなりました。
川口君には虫との因縁があまり無い。
それだけでなぜか救われる思いでした。
虫の呪い・・・。そうだ。学校で流行った「虫の呪い」
私は呪われた。虫の呪いが私の体に巻き付いている。ベタベタと絡まり、離れない。
私をそこから解放してくれるのは、川口君か。それとも・・・
虫本人なのか。


4月6日(木) くモリ

川口君と目的地に向かうまで、少し話をしました。
「放火やひき逃げの犯人は俺達もうわかってるんだ。警察に言っちまえばそれで終わりだろ」
そうね。私は相槌を打ちましたが、本当は別のことを考えてました。
「けどそれは、できねぇよな。」
私は何も答えませんでしたが、答る必要なんてありませんでした。
お互いもう分かってることです。
「俺達でケリをつける」
虫の家へ。
川口君と二人で乗り込みました。

居る気がしました。野暮ったい言い方だけど・・・気配を感じました。
いざ家の前に立つと、思わず小さく震えてしまいました。
川口君が金属バットでコツンと足を叩き、「大丈夫か」と心配してくれました。
大丈夫。川口君の声を聞いて震えは止まりました。
こっちには破壊神がいる。負けるわけないわ。
顔を見合わせました。川口君がうなずきました。
私は覚悟を決めて、家のチャイムを鳴らしました。
数秒の沈黙。その後インターホンから声が聞こえてきました。
「開いてるよ」
岩本先生の声でした。
ノブに手をかけるとカギはかかってませんでした。
ドアを開け、私達は入りました。

岩本先生は居間のソファに座ってました。
私が良く知る格好でした。病院で見たときの白衣。
きれいに片付けられた部屋にソファが二つ、私達の方に向いてました。
もうひとつのソファに座ってるのは・・・虫。
怖いくらいの無表情。傷だらけの顔。私達を、いや私を見ています。
虫は今何を思っているのか。私には読めませんでした。
「もう少し早く来るかと思ったよ」
岩本先生はソファから立ち上がりました。
少し首をまわし、体を解していました。
「3日前から家でスタンバイしてたんだけどな。まぁ心の準備とか考えるとこんなもんか。」
虫はただじっと私を見てるだけでした。
岩本先生が話してるのを気にも止めず、私の事を見ています。
睨んでるのか。傷だらけの顔からはそこまでわかりませんでした。
「さて」
私と川口君に、何か確認するように視線を送ってきました。
ゴマをするような感じ軽く手を合わせ、イタズラっぽい笑みを浮かべました。
「いつでもどうぞ」
この言葉が合図でした。
川口君がバットを振り上げました。
広い家。家具はソファと空の食器棚だけ。テーブルも椅子も無い。
それが余計に居間を広く感じさせました。
川口君が暴れまわるには、十分な広さです。
岩本先生は動きませんでした。川口君が踏み込んできても笑みを浮かべたままでした。
何も持ってない。素手とバット。結果は見えたようなもの。
私は岩本先生の最期を見届けるべく、視線は外さないようにしました。
川口君が雄たけびをあげました。バットが風を切り、ビュっと音をたてました。
一撃で終りね。さようなら、岩本先生。
ドン、と轟音が鳴り響きました。
私は目を疑いました。
川口君は、バットを握ったままこれまで見たこともないような表情になりました。
岩本先生がケケケと笑いました。
バットの頭は地に着いてます。床が少し削れました。
虫は相変わらずの無表情でそれを見つめてました。
川口君がもう一度バットを持ち上げ、襲い掛かりました。
しかし結果はまた同じ。
岩本先生は、素手でバットを弾いてました。
何度も何度も川口君はバットで攻撃しましたが、素手で弾かれたり、避けられたり。
川口君は叫んでます。それでもバットは空しく空を切りつづけます。
何度目かの攻撃。岩本先生が動きました。
それは、一瞬でした。
すごい勢いで放たれた右ストレートは、川口君の顔面を直撃しました。
激しく倒れこむ川口君。さらに首を掴まれ、壁に叩きつけられました。
その弾みにバットは手から離れ、カランを音を立てて床に転がりました。
ドボドボと鼻血が流れています。
私は呆然としたまま、その様を見ていました。
「ケンカが強いだけで破壊神か。いいよなガキは。それで強いと思われて。」
川口君は後頭部を打ったらしく、呻いて体の動きも鈍くなってます。
そこに岩本先生が馬乗り状態になりました。白衣が川口君の血で染まります。
「昔な。恋人がイジメラレッコだったんだ。」
首を締め上げられました。口から少し泡が出ました。血と混じって赤い泡に。
川口君は必死に岩本先生の腕を掴みましたが、それ以上の力で押さえつけられました。
「それで俺は、彼女を救う為に強くなろうと決意した。身も、心もだ。」
岩本先生は右手を離しました。左手だけでも川口君は解くことができませんでした。
右手が川口君の顔を包む。5本の指をいっぱいに使って、顔を締め付けていました。
真っ赤な手は、深紅の蜘蛛のようでした。
「お前にはあるか?そうゆうモノが。」
顔全体を包んでいた指が血で徐々にずれていき、中指と薬指が川口君の左目に掛かりました。
彼は悲鳴をあげました。指が、そのまま目に食い込んでいく。
「何も持たないガキに、俺が負けるわけないだろ。」
赤く染まった指は、川口君が流してる血の涙のようにも見えました。
更に指が食い込んでいく。足をバタバタとさせて暴れる川口君。
両手で必死に腕を掴んでいましたが、完全に力負けしていました。
2本の指は、もう第一関節まで入り込んでる。
川口君の左目が、目に見えて盛り上がっていきました。
立ちすくんでいた私は、思わず目を逸らしました。
次の瞬間、顔を捕まれ再び川口君へと顔を向けさせられました。
・・・虫でした。
虫が私の顔を掴み、この凄惨な光景を私の目に焼き付けさせようとしています。
手を解こうとしました。けど、私の力ではどうすることもできませんでした。
「渡部さん」
虫が口を開きました。
「君を破滅させるのは簡単なんだよ。」
その声は荒木さんとして現れた時と変わってませんでした。
懐かしさすら覚えるその声からは、何の感情も感じることはできません。
私は既に動くことすらできない状態でした。
震ることすら通り越し、足はただ氷の様に固まるだけでした。
恐怖が私を包んでました。
それでもかろうじて声を出しました。前から思ってたことが言葉になってでてきました。
虫に向かって、上擦った声で言いました。
「記憶は。どこまでの記憶が戻ってるの?」
虫は私の顔を両手で掴みました。そしてグイっと自分の顔の前まで引き寄せました。
間近で見る虫の顔。傷が、おぞましい傷が目の前に。
「全部だよ。」
さらに顔を引き寄せました。
鼻がくっつきそうになるくらい。虫の落ち着いた息と、私の恐怖に震えた息が絡み合う。
目を見つめられました。虫の瞳に写る私は、涙を流して忌ました。
「学校。希望の世界。お腹の痛みで目覚めたこと。病院でサキになってたこと。そして早紀が、死んだこと。」
私は小さく呻きました。
「全部だ」
その声とほど同時に、虫の後ろからなにか変な音が聞こえました。
グチャリ。何かが潰れる音でした。
虫が私を離しました。岩本先生が立ち上がるのが見えました。
川口君。川口君は・・・・
彼は下を向いたまま、涙声でこう呟いてました。
「ちくしょう・・・・ちくしょう・・・・」
手に何かを持っています。
それが何だか分かったとき、私は気を失いそうになりました。
失ってしまいたかった。けど、無情にも頭ははっきりしたままでした。
それは、潰れた眼球でした。
「俺達はもう行く。二度と会わないことを願うよ。」
岩本先生が血染めの白衣の裾を直しました。
「ああ。でも最後にもう一回だけ会うかもな。」
ケケケと笑い、岩本先生はこの場を後にしました。
虫も後ろに付き添い、そのまま出ていきました。
部屋を出る前、虫と私は目が合いました。
彼は、最後まで無表情でした。
少しすると車庫のシャッターが開く音がしました。
そしてエンジン音が。
車の音はやがて遠のいていきました。
音が完全に聞こえなくなるまで、私はずっと動くことができませんでした。

普段なら救急車を嫌がる川口君も、この時ばかりは大人しく従ってくれました。
残った右目で、ずっと涙を流してました。
初めてみる川口君の涙。それが片方だけなんて。
救急車を呼ぶだけ呼んで、私はその場を離れました。
川口君は黙って頷いてそれを承知してくれました。
少し離れた所で救急車が来るのを見届けてから、私は家に帰りました。
すぐにトイレに駆け込み、嘔吐。
咳き込みながらも、胃の中のモノは全て吐き出していました。
涙が止まりませんでした。
膝に力が入りませんでした。
腕にも力が入りません。
動くのは、キーボード叩くこの指と、画面を見つめるこの目だけ。
頭もうまく働きません。
私は何も考えることもできず、ひたすら今日の出来事を綴っています。
頭の中では、今日のあの凄惨な光景だけが焼き付いてる。
離れない。
目を瞑っても、離れない。
ハナレナイ


4月7日(金) ハれ

圧倒的敗北を喫した私達。
遠藤は心を失い、川口君は誇りと左目を失った。
私は何を失うのでしょう。
家族・・・家族でしょうか。
最近様子のおかしい私に、家族は良く気遣ってくれてます。
それは他人のように、何処かよそよそしいものでした。
浪人生にもなって、予備校にも行かず、日々ただフラフラとでかける私。
それを咎めもせず見守る家族。その目は暖かく、そして辛く私に突き刺さります。
けど、この人達に罪はない。
消すわけにはいかない。
消させない。
消えないで。

川口君の声はとても弱々しかった。
日も暮れた頃、突然川口君から電話がありました。
「今から会えないか」
それより聞きたいことはたくさんありました。
あれからどうなったのか。もう怪我は平気なのか。痛むのか。
川口君は私の質問には答えず、一言だけこう呟きました。
「病院、逃げてきた」

夜の公園で川口君は一人、ベンチに座って天を仰いでました。
左の顔半分に撒かれた包帯はとても痛々しく見えました。
右半分の表情も、いつもの川口君の表情ではありませんでした。
目に覇気は感じられず、頬も心なしか痩けているようでした。
病院から抜け出してきて大丈夫なのか聞いてみました。
「痛み止めはたんまりくすねてきた」とだけ答えてくれました。
だからって・・・他にも色々
言いかけたところで川口君が手で制しました。
「なぁ。今からウチに来ないか?」
何も考えることなく、私は川口君に付いていきました。
川口君の家に興味があったのかもしれません。
かつて破壊神だった人の家に。

川口君の家。マンションの下までは行ったことあるけど、中に入るのは初めてでした。
決して質の良いとは言えない・・・なんというか、質素な家でした。
「ウチは貧乏だからな」と川口君がミもフタも無いことを言いました。
家には誰もいませんでした。弟さんがいないのはわかるけど。
誰もいないのね。思わず言ってしまいました。
川口君は少し寂しそうな顔をしました。
「オヤジはいない。おふくろは滅多に戻らない。たまに金だけ口座に振り込むくらいさ。」
聞いてはいけない事を聞いてしまったみたいです。
絵に描いたような苦労人。でも・・・現実問題として、私のような「普通の家」ばかりなわけないのよね。
こんな家だってある。やっぱりそんな家の子供って・・・・不良になるんだ。
場違いでしたが感心してしまいました。不謹慎でしたが優越感も感じていました。
川口君の言葉でそれらは全て吹き飛びました。
「ホントに何も持ってないんだよ」
昨日の岩本先生の言葉を思い出しました。川口君も思いだしていたでしょう。
こたつの横に座り込みました。右目は下を向いたままでした。
「だから俺は強いんだと思ってた。」
私は何も言えませんでした。何て言っていいのかわかりませんでした。
私はあまりに無力です。川口君ほど強いワケじゃない。ましてや岩本先生になんか勝てるワケない。
虫にさえ、勝てない。家族は消えて欲しくないと思った。けど私に、守る力なんて、無い。
川口君の右目に涙が光りました。妙に眩しく見えました。
そして、自分でもよく分からないのですが・・・私は川口君の横に座りました。
肩を寄せました。手に触れました。自然の流れです。
私達はその場に倒れ込みました。

結ばれました。

私は、初めてでした。

夜遅く家に帰っても、家族はやっぱり何も言わずに迎えてくれました。
一人ベットに寝転がると、ふと早紀ちゃんの顔が浮かんできました。
少し早紀ちゃんに近づいた気がしました。
私は早紀ちゃんになれるのでしょうか。
なれたら何か変わるでしょうか。
もう遅いかもしれないけど。
何もかも。
遅い。
遅すぎた。

私はもう、逃げられない。


4月8日(土) ヤミ

私を崩壊に導いたのは、一本の電話でした。
携帯に。何故岩本先生が私の電話番号を知ってるのか一瞬疑問に思いました。
けどそれは考えるまでもないことでした。
私は以前、携帯を早紀ちゃんに貸している。どっかに番号をメモっててもおかしくない。
あるいは早紀ちゃんのメモ帳に私の電話番号があったのかもしれない。
私は岩本先生の声を聞いたとき、驚くほど冷静にそんな分析をしていました。

「よぉ」と岩本先生。「こんにちわ」と私。
「もう少ししたらそっちに警察が行く。多少時間はかかるかもしれないが。」
何を言いたいのかわかりました。
そしてこの一言で、私は何を失うのか分かってしまいました。
失うのは、私の未来。
家族は無事だった。そう思うのも束の間でした。
違う。これは私が未来を失うだけじゃない。家族にも。家族にも迷惑が。
岩本先生は私の動揺を察したのでしょうか。沈黙する私を無視して話続けました。
「さんざん遠回りしてきたけどな。やっと引導が渡せるよ。」
私はまだ口を開きませんでした。岩本先生の話は続きます。
「最初はな。遠藤を差し向けてアンタを刺すつもりだったんだ。その為に『sakkyを守る会』なんてのも作った。」
私は何も言いませんでした。
「遠藤を煽るのは簡単だった。そっちもうまいこと煽れたと思ってたよ。」
私はまだ何も言いませんでした。
「要はあの場に来てくれれば良かったんだ。友人の謎の自作自演。その答えを知るために、ってトコかな。」
何も言いませんでした。
「最後の一押しも用意した。しかしお前は、あのメールを読まなかった。」
ああ、あれね。と小さく呟きました。
「それまでに十分煽りは効いてたんだな。そして、お前はあろう事か・・・あのおかげで予定が狂ったんだ。」
私はクスリと笑いました。
「急遽計画を変更だ。遠藤は待機させ、そごうには俺が直接行った。」
私はまた黙り込みました。
「その時はお前をヤルつもりは無かった。あんな事の後だ。様子を見ようと思ってね」
黙って話を聞いてました。
「お前は、あの場に現れた。だがおかしな行動をとるだけで、何もせずに帰っていった」
そうね。
「いつの間にやら川口なんて野郎も出てきた。何もかもやり直しだったよ。」
そうね。
「話をややこしくしたのはお前だ。」
そうね。
「何故荒木の家を燃やした?」
アナタ達が煽ったせいよ。
「そうか。俺達が思っていた以上に彼女との傷は深かったんだな。煽りすぎたってワケか」
川口君はアナタが燃やしたと思ってます。
「お前がそう吹き込んだからだろう?」
彼が勝手に勘違いしてるだけです。
「まぁどっちだっていいさ。思えば一番かわいそうなのは荒木家だな。俺達はターゲットにするつもりなかったのに」
とばっちり喰らっちゃいましたね。
「そうゆうことだ。けどお前の行動は正解だよ。そのおかげで予定が変更され、お前は死なずに済んだんだ。」
凄い。
「だが、お前のおかしな行動はまだある。」
何でしょう。
「お前がsakkyとなったのは風見の日記を読んだから知ってる。けど何故だ?なんであんな日記を書く?」
どうゆう意味ですか。
「荒木が死んだ後、掲示板でARAを生かし続けたのは健気だったな。けど、川口も一回『ARA』で書き込んだだろ」
ありましたね。そんな事が。
「その後の事だ。『a』の書き込み。日記まで『a』で埋まってやがる」
そうでしたね。
「遠藤に『浄化』と称して真似させたけけど・・・日記の『a』はお前しかできないはずだ。」
岩本先生は?
「俺達は『希望の世界』の更新には手をつけていない。」
じゃあ私?
「それしかいないだろ。なんなんだったんだ?アレは」
あ、今思い出しました。あの時も普通に日記を書こうとしてたんです。
でもダメだったんです。手が勝手に動いちゃうんです。
ほら見て下さい。今でもほらなんかちょっと気を抜くとaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa
感情を込めた文章を書こうとすると手が言うことを聞きません。
だからもう私には淡々と物事綴ることしかできない。
「狂ってる」と岩本先生が言いました。「アナタもですよ」と私は言いました。
「遠藤の家を燃やしたのはなぜだ?仲間にしたんじゃなかったのか?」
私は仲間にするのは反対だったんです。
「そうか」と答えると同時にため息が聞こえてきました。
「いずれにせよ、お前はもう終わりだよ。」
警察にタレ込みでもしたんですか。
「まぁそんなトコだ。」
私、もうお終いなんですね。
「放火だ。しばらくは出られないだろう。出てもお前に未来は無いだろうな。家族に別れでも告げておきな。」
家族に迷惑をかけたくありません。
「残念ながら、迷惑だらけだろう。」

「もう遅い」
そんな
「それからお前、知ってたか?ホンモノの荒木が家に戻ってたの」
それはつまり
「そう。お前が燃やしたんだよ。」
岩本先生がケケケと笑いました。私は笑えませんでした。
携帯を片手に引き出しを開けました。荒木さん生存の訂正記事。
私が書いた訂正記事。私の希望。私の願望。
脆くも崩れ去りました。
「どうした?何故黙ってる?」
私の沈黙を楽しんでるような声でした。私はクスンと泣いてました。
「それからいいことを教えてやろう。風見を殺したのは俺だ」
思わず「え?」と聞き返しました。
「俺がヤツをズタズタに切り裂いたんだよ。」
息が止まりそうでした。
「病院の方では何て言ってた?あいつらギリギリまで隠してただろ?」
ボイラー室で燃えてたって。まくしたてるように言いました。
ケケケと笑い声が聞こえました。
「病院ってのはな。体裁が大事なんだ。特に医者が患者を殺したなんて、口が裂けても言えないんだよ。」
じゃあアレは。私が病院の人達に感じた不愉快感が蘇ってきました。
怒りも込み上げてきました。それは涙となって私の体から出ていきました。
「そうだ。お前あのメールに込められたメッセージに気付いたか?」
メッセージ。
「そう。荒木の名で送った最後のメール。簡単な謎解きだから、サツがくるまでの暇つぶしにでも。」
思い出そうとしましたが、岩本先生が話を続けたので断念しました。
「お前達は『希望の世界』の駒に過ぎない。醜く踊って動き回る。」
駒?
「俺達は目障りな駒を排除して、綺麗な姿に戻したいだけなんだ」
自分勝手な人。これが正直に出た私の感想でした。
「俺達はもう家には戻れない。それこそこっちが捕まっちまう。」
だから行くんですね。
「そうだ。もう二度と会わないだろう」
奇妙な寂しさが込み上げてきました。岩本先生に会えなくなるからじゃない。
私はこれで終わるのだと、感じたから。
「最後に何か聞きたいことはあるか?」
たくさんあった気がしたけど、もうどうでもいいことばかりでした。
それでも最後に、一つだけ。気になることがありました。
「虫は、亮平君はそこに居ますか?」
「いるよ」と答えた後、しばらく声が遠のきました。
そして、彼が受話器を取りました。
「もしもし」と虫が。私も「もしもし」と言いました。
私はたくさんの語らなければならないことを無視し、たった一つだけ質問をしました。
「アナタの傷は、どうしてできたの?」
不思議な間がありました。永遠に続くかと思われた沈黙。
答えが返ってきました。
「君には関係ないよ」
電話が切られました。
ツーツーと鳴る携帯電話を、電源を切ることなくしばらくそのまま持っていました。
無性に笑いが込み上げてきました。声を上げて軽く笑いました。
可笑しいかった。気分良く笑いました。
関係ないよ、だって。虫らしい!
心ゆくまで笑ってました。

それから警察が来るまでの間、本当に色々なことを考えてました。
結局家族は消されなかった。みんなに心の傷は残るでしょう。その意味じゃ、守りきれなかった。
放火犯の娘。家族に刻まれるレッテルを考えると気が重くなります。
でも全て私の罪。受け入れなければならないのでしょう。
不思議なほど覚悟が決まってました。
昨日川口君と結ばれた事で、吹っ切れたのかな?
岩本先生に言われたメールのことを思い出しました。
「荒木さん」から受け取った最後のメール。
謎解き?これに何か。
それはメッセージを開く前にあっけなく気づいてしまいました。
クスっと少し笑ってしまいました。芸が細かいわね。タイミングを狙う練習でもしたのかも。
着信時間。16:27。4時27分。
シ ニ ナ

警察のことを考えてみました。なんで私を捕まえる事ができなかったんだろう。
あの時着ていた黒い衣装。それが功を奏したのか。闇の溶け込んでいたのかも。
遠藤の家は?あれはわからなくて当然かもね。遠藤と私の接点はネットだけ。そのパソコンも燃えてしまった。
それにしても私は。
いつからこんなにおかしくなってしまったのでしょうか。
気に入らない人を燃やす。その事に何の躊躇もなかった。
虫達に踊らされる中、私は一人自分のステップで踊っていた。
いつから、おかしくなったんだろう。
あの時?早紀ちゃんが死んだあの時から?
早紀ちゃんの悲惨な姿を見た。
風見君は叫び声を上げて激しい狂気に走った。
私は涙を流し、静かな狂気に蝕まれていった。
その時から正気の私は消えてしまったのかもしれません。

家の前に車が止まりました。窓から何気なく眺めてました。
パトカーじゃないのね。気を使ってくれちゃって。
出てきた人は、明らかに「私服警官」でした。ドラマでも見てる気がしました。
ピンポーン。家中に乾いた音が響き渡りました。私の頭の中にまで響いてきました。
車にはまだ人は残ってます。警察じゃ無い可能性を考えてみました。
それも下から聞こえてるお母さんの叫び声でかき消されました。
「警察!?ウチの子が何か!?」と甲高い声が聞こえてきます。
お母さん。反応が分かり易すぎだよ。
ドタドタと階段を上がってくる音が聞こえます。
ふと妙な既視感を感じました。
これは?ああそうだ。
「僕の日記」でもこんなシーンがあったわね。
確かそれも、私を地獄に突き落とすきっかけとなっていた。
皮肉なものね。
そう言えば虫の家って私の家と構造が似てたわね。
感心してると、お母さんが鍵の掛かったドアをドンドンと叩いてきました。
「美希!開けなさい!」と悲鳴にも似た声です。
ちょっと待ってて。日記を書き終えてしまうから。

最後にもう一度窓の外を眺めてみました。
この景色を再び見れるのはいつになるんだろう。
慣れ親しんだ光景も、今では遠く感じます。
ふと警察の車の向こうに誰かいるのに気付きました。
・・・川口君でした。ボロボロの原チャにまたがって、私の部屋を見つめてます。目が、合いました。
昨日私は川口君の腕の中で、全ての罪を打ち明けました。
彼は何も言わずに私を受け止めてくれました。
黙って、そして暖かく、包み込んであげました。
私も彼を抱きしめてあげました。
私達は、お互いの傷を舐め合っていました。
川口君はこうなることは察していたのでしょうか。
見送りに来てくれたの?
窓越しに彼に向かって手を振りました。
川口君は首を横に振りました。
思わず笑ってしまいました。
もう、なにもかも遅いのよ。
ほら。お母さんの声も大きくなってきてる。いつの間にか弟とお兄ちゃんまで。
直にドアは開けられるでしょう。
最後に窓の向こうの川口君に向かって言いました。

ありがとう

涙が溢れてきました。
川口君。また首を横に振っている。
無駄よ。もう、何をやっても。
私はこれで終わりなんだから。
素敵な未来はないでしょう。
地獄へ堕ちて参ります。

日記もこれで、終わりです。


4月9日(日) オワラナイ

まさか最後にもう一回だけ書くことになるとはね。
それに、自分の部屋に忍び込んでいるのは不思議な気分です。
ありったけのお金と、服とか当面必要なモノを鞄に詰め込み終えました。
すぐにでも行くべきなんだけど、ちょっとイタズラ心が芽生えてしまいました。
家族に見つからないよう、ひっそりとキーボードを叩いてます。
どうしても、昨日のことを書きたかったから。

川口君。彼はやっぱり破壊神でした。
彼は私が捕まる時、首を横に振っていました。
その意味はすぐに分かりました。
私が車に乗る直前、彼は警察を襲いました。
車に火炎瓶を投げ込みバットで警官を殴り倒していった。
不意を突かれた警官達に一瞬の隙が生まれました。
そこで私は、逃げました。
川口君は原チャで私を連れ去りました。
先に車を潰しておいたのは大正解。さすがに人の足よりも原チャの方が早かった。
背後の叫び声はすぐに聞こえなくなりました。
お母さんの声も、警察官のヒトタチの声も、聞こえなくなった。
私は既に罪人です。
川口君も戻ることのできない罪を犯した。
その二人が一緒に逃げる。
私達、これで立派な逃亡者。

川口君曰く「秘密の場所」で(と言っても単なるあやしいビルの中)で一夜明かしました。
「ウチは今、酷いことになってるだろうな」と川口君が漏らしていました。
当然よ。警察官を殴り倒したんだから。
「俺達もう、戻れない」
戻るつもりもないんでしょう。
それでも最後にちょっとだけ頼みました。何も持たないででてきたから、色々取り戻りたい。
川口君は「旅行じゃないんだぞ」と呆れてましたが、なんとか承諾してくれました。
家族もまさか、私が戻るなんて夢にも思ってないでしょう。

灯台下暗しという諺がなぜ存在するのか、今日は実に良く体感できました。
家の周りに警官はいない。家族も寝静まっている。
窓のカギは開けっ放しにしてきたから入るのは簡単でした。(外から2階にあがるのは少し辛かったけど)
こんな夜中にこっそり帰宅。スパイみたいでドキドキしました。
そして静かに日記の更新。

私は荒木さん一家を殺しました。自分の家族も裏切りました。
これからも罪を重ね続けるでしょう。
映画の悪役の様で、私は少しワクワクしています。
こんな気分になる事自体おかしいのかな?
それでも構わない。
正気など、もう無いのだから。
外には片目の川口君とボロボロの原チャが待っています。
片目で運転なんて危険。それに原チャも壊れ気味。
けどこれこそ、私を迎えてくれるのに相応しい。
今の私に普通のモノなど似合わない。
川口君。壊れモノ同士仲良くやりましょうね。
私達には、やらなきゃいけないことだあるんだから。

虫は逃げた。

私達から全てを奪い、闇の中に消えていった。

しかし私は生きている。川口君も生きている。

多くのモノを失った私達。

やるべきことはただ一つ。

虫を、追う。


今は影で笑うがいいわ

闇に醜く這う姿

いずれ引きずり出しましょう

そして出てきたその時に

私が潰して差し上げます


- 第4章 「駒」 続・ワタシ日記 -  完

追撃編 終了


・・・・・・・・・・・・プロローグ




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