サキの日記 第3章 「鎮魂歌」
第九節 「決意」
9/29 雨
外に出たい。外に出ないとカイザー・ソゼさんに会えない。
ワタベさんを追い詰めた人は、たぶん私の所にも来る。私も「希望の世界」の人間だから。そうでしょ?
ベッドの下のアザミも狙われる。アザミは私が守るよ。心配しないで。
アザミ、二人でここから逃げようよ。私の事はカイザー・ソゼさんが守ってくれるって言ってたから。
一緒に行こ。
9/30 晴れ
ここから出るにはどうすればいい?私が、もうここに居なくても大丈夫って事をわからせればいい。
私の場合、記憶障害でここにいるんだから、記憶が戻れば出られるって事だよね。
ああ。でもだめ。昔の記憶、思い出せない。適当な事言ってもバレちゃうよ。
他に方法なんて・・・・。強行突破とか、こっそり逃げるとか・・・・私にできる?どうしよう。
とにかく、考えないと。
10/1 曇り
アザミ。やっぱりこっそり逃げるしかないよ。強行突破したってすぐに戻されるだけだよ。
それに、昔の記憶。もう戻らないみたいだから。わかるの。自分の事だから。
以前迷って外出ちゃった時、すぐには誰も気付かなかったじゃない。静かに行けばなんとかなると思うよ。
ほら、カイザー・ソゼさんが呼んでるよ。早く外に出なくちゃ。
失敗するとここに居る時間がまた長引きそうだから、慎重に計画立てないとね。
頑張ろうねアザミ。
10/3 少し雨
お母さんには何て言おうか迷ってます。「ここから出たい」って言えばなんとかしてくれるかもしれない。
そうすれば逃げなくても外に出れるけど・・・・何て言えばいい?黙って私の言うこと聞いてくれる?
記憶、戻ってないのに。でも、お母さんなら・・・。1度相談してみるねアザミ。
アザミも一緒に出れるように頼んでおくよ。そう言えばまだお母さんに紹介してなかったよね。
頭だけになっちゃったけど、明日紹介してあげる。お母さんもきっと気に入ってくれるよ思うよ。
楽しみ。
10/5 曇り
昨日お母さんに面会の約束をして、今日、来てもらいました。
早速アザミを紹介しました。二人でここから出たいって言いました。
お母さんは笑顔でした。でも、出たいって言ったときちょっと困った顔をしました。
「お父さんがイイって言うかわからない」って。当たり前のような事だったけど、私には新鮮に聞こえました。
私にお父さんって居たんだ。
帰り際お母さんは頭だけのアザミを撫でてくれました。良かったねアザミ。でもお母さんは泣いてました。
笑顔のまま、泣いてました。
10/7 曇り
お父さんは私がここから出るのを許してくれなかったそうです。お母さんが昨日聞いてくれたそうです。
「もう少しここにいてね。サキちゃんの為でもあるのよ」って言ってました。
私はここから逃げる決意をしました。「もう少し」じゃダメ。いますぐにでもここから出たいの。
そして、カイザー・ソゼさんに会わなければいけない。ごめんねお母さん。私は悪い子になってしまいました。
勝手に病院を抜けるなんて悪い子だよね。ごめんね。カイザー・ソゼさんに会ったら、ちゃんと戻ってくるから。
今日もお母さんは笑顔。私も笑顔。
とても哀しくなりました。
10/8 曇り
外への出口を確認しました。人が出入りしてる時に便乗すればうまくいくかもしれません。
アザミは服の中に隠しておけばいいかな。頭だけだからなんとかなると思います。
このパソコンはどうしよう?携帯電話と充電器も。電話は外に持っていってもかける所ないな。
私は自宅の電話番号さえ忘れてしまってる。こんなの持ってても意味ないかも・・・。
・・・・・外へ出れたら、何処へいけばいいんだろう。家?帰り方がわからない。他には?行く宛は?
カイザー・ソゼさんの居る所。それは・・・・何処・・・?わからない。けど、私は行かなくちゃいけない。
ここから、逃げます。
第十節 「鉄壁」
10/9 曇り
お母さんが着替えの服を持ってきてくれました。
「他に何か欲しいモノある?」と聞かれたので「外に出たい」と答えました。
黙って首を振ってました。やっぱりダメなんだね。でも、仕方ないんだよね。
お母さんが帰った後も私はあまり良い気分ではなれませんでした。逃げる準備をしなきゃ。
パソコンと携帯電話は持っていく事にしました。手ぶらじゃ病院の玄関から出る時怪しまれる。
それにパソコンのケースは鞄がわりにもなるから持ってた方がいいよね。明日にでも出ていこう。早い方がいい。
アザミ。いよいよだよ。
10/10 晴れ
逃げられませんでした。先生はずっと私を監視してました。
外へでようとすると「そっちへ行っちゃダメだよ」と怒られました。
私の意図を見透かしたように出口に立ちはだかります。今日逃げるのは諦めました。
そんな簡単にいくとは思ってない。私はまだ諦めない。今日がダメでも、きっとうまくいく日はあるよ。
「希望の世界」へ行きました。今のところ、これだけが外の空気に触れる唯一の手段。
メールチェックすると、sakkyさんから一通来てました。オフ会前以来です。もう居なくなっちゃったかと思ったよ。
「早紀さんは今どうしてるんですか?」と1行書いてあるだけでしたがsakkyさんは久々だからとても嬉しいです。
「私は元気です」と返しました。送った後で、私は少し疑問に思いました。なんで私の名前知ってたんだろう。
どうでもいい事かな。
10/11 晴れ
カイザー・ソゼさんが来てくれる!
「希望の世界」で発言してました。私に会いに行くって。でも、ここの場所がわかるかな。心配。
私はこの病院の名前を書いておきました。これなら間違いなく来てくれます。
外に出なくても大丈夫かもしれない。気持ちが高まってく。カイザー・ソゼさんが来る。来てくれる・・・。
早く。早く会いたい。ねぇアザミ。カイザー・ソゼさんが来てくれるんだって。
どきどき。
10/12 晴れ
カイサー・ソゼさんはまだ来ません。「希望の世界」でも何も返事してくれません。
どうしたんだろう。見てないのかな。それとも来るのに手間取ってるのかな。ここ、中に入るの面倒臭いから。
夜になっても待ってました。一日中待ってました。でも来ません。
私は不安になってまた書きました。「カイザー・ソゼさん。私の居場所分かってますか?」
1時間もしないうちにカイザー・ソゼさんは返事をしてくれました。「ちゃんと見てますよ。待ってて下さいね。」
良かった。
10/13 晴れ
カイザー・ソゼさん。今日も来なかった。本当にどうしちゃったんだろう。
「希望の世界」に繋いで来ない理由が分かりました。
「会いに行こうとしたけど先生に止められました。早紀さん。先生に僕が会ってもいいように頼んでくれませんか?」
なんだ。そんな事だったのか。私はようやく納得しました。確かにここは色々面倒くさいよね。
「わかりました。明日先生に頼んでおくね。」と書いておきました。明日先生に頼む。カイザー・ソゼさんが来る。
やっと会える。
10/14 雨
先生に頼みました。「カイザー・ソゼさんが来たら会わせて下さい」って。
ああ、わかったよ。とそっけない返事。先生、ちゃんと聞いてるんですか?
先生は私を哀しそうな目で私を見ました。黙って首を横に振り、深いため息をつきました。
そして、何も言わずに行っちゃいました。何よ。私、変なこと言ってないでしょ。ただ頼んだだけなのに。
カイザー・ソゼさんに会いたいだけなのに・・・・!みんな邪魔する。なんで?邪魔しないでよ。
会わせてよ!
10/15 雨
お母さんに言ってやりました。あの先生ね、私のお願い聞いてくれないんだよ。嫌な奴だよね。
そうね、とそっけない返事。お母さん、ちゃんと聞いてるの?あの先生ヤな奴だよね。死んじゃえばいいのにね。
お母さんは私を哀しそうな目で見ました。黙って首を横に振り、深いため息をつきました。
そして、何も言わずに行っていました。やめてよお母さん。同じじゃない。それじゃ先生と同じじゃない!
お母さんだけは私を信じてくれると思ってたのに。なんで?なんでみんなして私を変な目で見るの?
カイザー・ソゼさんにはまだ会えない。みんなが邪魔する。お母さんまで・・・・。
酷いよ・・・。
第十一節 「絶句」
10/16 曇り
現実の人にはもう頼れません。でも「希望の世界」になら、まだ味方はいます。
K.アザミ。やっぱりあなたは素敵。「記憶が戻れば出られるんでしょ?私が思い出させてあげる」と書いてる。
私も「お願い!私の記憶を戻して!」と書き込みました。私に記憶が戻れば、先生に邪魔されず外へ出られる。
あるいは記憶が戻らなくても、戻ったフリさえできれば問題ないよね。カイザー・ソゼさんが来られないのなら・・・
私から、行く。
10/17 晴れ
K.アザミからメールが来ました。
「あなたの名前は岩本早紀。今は高校1年生のはずだけど、事情があって学校には行ってない。
兄が一人。岩本亮平。お正月、あなたは兄に襲われ意識不明に。約2ヶ月後、意識が回復するが
その矢先、再び兄に襲われる。・・・・・・・・・・・・・・・・思い出した?それともこれだけでは不十分?」
私の名前は岩本早紀。本当なら高校1年生の年・・・・・・なんだ。へぇ。
頭が痛い。何かを、思い出しそうになってる。もっと、もっと教えて!
掲示板に書きました。「メールありがとう!でもまだ足りないよ。もっと知りたい!」
私の中で何かが・・・!
10/18 曇り
過去を思い出そうとすると嫌な気分になります。でも構わない。カイザー・ソゼさんに会えるなら我慢するよ。
今日のK.アザミからのメールです。
「早紀さん。あなたの過去はとても・・・・・何て言えばいいかな・・・・・そう。重い。重いのよ。
それでも、知りたい?私はね、できれば教えたくないの。そこから出られるだけの記憶さえ取り戻せば十分。
そこに居るのは、記憶を失ったからなんでしょ?他の理由はないんでしょ?なら、必要なだけ、思い出すのよ。」
アザミ、気を使ってくれてる。でもね。もう決めたの。カイザー・ソゼさんに会うためなら、私我慢する。
「私は記憶を取り戻せばここから出られるの。だから教えて。どんな過去でも構わないから。外に、出たいの。」
掲示板に書いた後、私は少し考えました。本当に、過去を知っても構わない?思い出しちゃいけないような、
そんな気も、する。
10/19 雨
今日はK.アザミからのメールはありませんでした。
昼、お母さんに聞いてみました。「私、記憶が戻ったら外に出られるんだよね?」
少し考えたあと、答えてくれました。「全てを思い出すことができれば、可能性はあるわよ。」
お母さんの顔はとても複雑でした。何て言うか・・・私の記憶が戻るのを嫌がってるような・・・そんな表情。
お父さんの許可も何も、記憶が戻れば外へ出られるはず。先生の邪魔もない。
お母さんは続けて言いました。「でも、あなたはここに居た方が幸せなのかもしれない」
何で?外よりここの方が幸せ?嘘。私そんなの信じないよ。外にはカイザー・ソゼさんだっているんだから。
絶対外の方がいいに決まってる。酷いよお母さん。私を騙してここにずっと居させようとしてる。
お母さんの嘘つき!
10/20 雨
K.アザミからの来たメール。私には最初、何を言ってるのかさっぱりわかりませんでした。
メールによると、私は以前お兄ちゃんに襲われた時、ショックのあまりもう一つの人格が生まれたそうです。
その人格のまま私は「希望の世界」で色んな人に会って、カイザー・ソゼさんにもそこで会って、色んな事が。
色んな事。これ以外いい表現が思いつかない。メールに書いてあったこと全部日記に書いたら朝になっちゃう。
私はメールを読んだとき、すぐには信じる事ができませんでした。どんなに思い出そうとしても、出てこない。
けど、「虫」とか「早紀」とか「希望の世界」とかの文字を見るたびに、頭が痛くなってきます。
何度も読み返すうちに、私はそれが本当のことなのだと思うようになりました。
私の名前。岩本早紀。
10/21 晴れ
私は先生に記憶が戻った事を伝えました。私の名前、私の過去、私の今。
自分で言ってても、それが自分じゃないみたいでした。まだ完全に信じ切れてないみたい。
「記憶戻ったから、外に出てもいいですか?」と先生に聞いてみました。
先生は私の顔をじっと見たあと、何も言わずに首を振りました。
どうしてですか?記憶が戻ればここに居なくてもいいじゃないですか。出して下さいよ!私は叫びました。
先生が私の両肩を掴みました。そして、私の目を見て言いました。
「俺はな、親のわがままで言ってるんじゃないだ。医者として言ってるんだ。お前は、外に出るな!」
・・・・・・・・・・・・・・・・・親?何を言ってるんだろう?私は聞きました。「先生の名前、何て言うんですか?」
先生は泣きそうな顔になりました。何度も首を振り、深いため息をつき、無理矢理笑顔を作って答えてました。
「私の名前は岩本ですよ。」
それだけ言うと、先生の目から一滴の涙がこぼれ落ちました。
そのあとすぐに部屋を出ていってしまいました。去り際に壁を叩き、「くそっ」と吐き捨てたのが聞こえました。
部屋の残された私は、ベッドの下のアザミに話しかけました。
聞いてよアザミ。あの先生ね、私のお父さんかもしれないよ。
それ以上何も言えませんでした。
10/22 雨
お母さんに聞きました。「あの先生、私のお父さんなの?」
そうよ、と小さな声で答えてました。私には特に感動はありませんでした。そうなんだ、って思ったくらいでした。
そのあとしばらく、お母さんは私を見てました。ずっと見てるので照れくさくなってしまいました。
私は思わず「何?」と聞いてしまいました。まだ見てます。
私ね、記憶が戻ったんだよ。お母さんに昨日先生(やっぱりお父さんって言えない)に話したことを言いました。
聞いたわ、と答えてした。またしばらく私のことをじっと見てました。私もお母さんも黙ったままです。
それから何分くらいたったかな?突然お母さんが言いました。
「・・・・・もう限界。」
立ち上がり、私を哀しそうな目で見て、ため息をついて、首を振って、先生みたいに何度も首を横に振って、
最後には泣いてしまって、とっても哀しい顔をして・・・・・・お母さんは部屋を出ていきました。
私は声をかけることができませんでした。何を言っていいのか分かりません。
何て言えば、お母さんが戻ってきてくれるのか分かりません。思い浮かんでは消えていく言葉たち。
誰か教えて下さい。私は何て言えばいいんですか?何て言えば良かったんですか?
教えて下さい・・・・。
第十二節 「祈誓」
10/23 晴れ
お母さんも、先生も、私の部屋には来ませんでした。
カイザー・ソゼさんはいつになったら来てくれるんだろう。私はもう外には出られません。
来てもらうしか会う方法は無いんです。早く来て下さい。
今私と一緒にいてくれるのはアザミだけです。二人っきり。
一人ぼっちよりはマシだよね。でも、
やっぱり寂しいね。
10/24 晴れ
「希望の世界」にも誰もいません。K.アザミすら何処かへ行ってしまいました。
私の過去を教えてくれて・・・・・それっきり。やっぱり、自力でここから出なきゃいけなかったのかな?
でも無理だよ。先生にあんな強く止められちゃ。それに、お母さんの協力も無いし。
お母さん、今日も来てくれなかったな。もう二度と来てくれないのかな。
やだよ。そんなのヤダよ。戻ってきてよお母さん。先生も、お父さんでいてくれていいから私の味方になってよ。
カイザー・ソゼさんも早く来てよ!早く、私を救ってよ!
お願いだから。
10/25 曇り
私の横でお母さんと先生が何かもめてます。
医者のくせに自分の子供を救えないなんて。お前があんな事するからいけないんだろ。
隠そうって言ったのはあなたじゃない。じゃあお前はあのままでよかったのかよ。
他に方法を考えるべきだったのよ。止めをさしときゃよかったのか。そんな言い方ないでしょ。もう戻れないんだぞ。
ふふ。こうして日記に書いてみると他人事みたい。二人の声が遠く聞こえるよ。
まだ言い争ってる。いつまで続くのかな。私、眠くなってきちゃったよ。もう寝よっと。
おやすみアザミ。
10/26 晴れ
また今日も二人は言い争い。とてもうるさく感じます。
私は「静かにして!」と叫びました。先生が私を見ます。お母さんも私を見ます。二人ともしばらく私を見てました。
そして、お母さんが泣き出しました。顔を覆ったまま部屋を飛び出していきました。先生が後を追います。
私はとても嫌な気分になりました。ベッドの下からアザミを取り出し、抱きしめてみました。
それでも嫌な気分はとれません。とても、とても嫌な気分。お母さん・・・・・・。
私もお母さんの後を追うことにしました。私が謝ればお母さんも泣くのを止めてくれる。そう思いました。
部屋から出た私はお母さんを探しました。見つかりません。先生も、お母さんも見失ってしまいました。
途中、何かブツブツ言ってる男の人がいました。私の名を呼んだ気がしました。
でも、気持ち悪いので近づきませんでした。
しばらく探し回ったけど、結局見つかりませんでした。仕方ないので部屋に戻りました。
部屋に戻ると先生の書き置きが有りました。「余計な事を言うな」だって。酷いよ。みんな私のせいにして。
酷いと思わない?アザミ。あれ?アザミ?何処?どこ行っちゃったの?アザミ。返事してよ。ねぇアザミ!
いない。アザミが消えちゃった。どうしよう。私、本当にひとりぼっちだよ。アザミ隠れてるんなら出てきてよ。
悪い冗談だよ。隠れんぼは止めて出てきてよ。私を一人にしないでよ。約束したじゃない。ずっと一緒だって。
ヤダ。一人はヤダよ。アザミだけはずっと一緒にいてくれるんじゃなかったの?約束・・・約束したのに・・・・
アザミは消えてしまいました。
10/27 土砂降り
アザミは消えたまま。けど、お母さんは戻ってきてくれました。私を殺すために。
最初お母さんはベッドの横に座ってるだけでした。今日はお母さん一人だけ。先生はいません。
またこの前みたく私の事をじっと見てました。そんなに見られると照れてしまいます。
なんだか恥ずかしくなってきたので話しかけました。「何?」って。これもこの前と同じ。
お母さんは返事してくれませんでした。じっと私の事を見続けてます。
私はどうも沈黙というのに耐えられません。涙が出てきそうになります。だから私から話を始めました。
私、まだ外にはでれないのかな。外に出て色んな人と遊びたいな。
お母さんは「無理よ」と答えました。私は「なんで無理なの?」と聞きました。
「外じゃマトモに生きていけないわ。」
私はもう1度「なんで?」と聞きました。お母さんは答えてくれました。
「あなた、外じゃ死んだことになってるのよ。」
私はびっくりしてお母さんの顔を見ました。真剣な顔。嘘じゃ、ないの?
ねぇ、とお母さんが私に近づく。どうせなら、本当に死ぬ?
私は布団をかぶりました。怖い。お母さんが怖い!まだお母さんは何か言ってる。その方が楽よって。
本気だ。お母さん、私を殺そうとしてる。私の事を死んじゃえばいいと思ってる。私、殺される!
お母さんに殺される。
私は毛布の中で震えながらうずくまってました。耳も塞ぎました。目をがっちりとつぶってました。
震えながら、カイザー・ソゼさんの名前を呼びました。助けて、カイザー・ソゼさん。助けて。助けて。
お母さんが私を殺そうとするの。殺される。嫌。怖い。怖いよ。誰か助けて。カイザー・ソゼさん。助けて・・・・。
それから1時間以上、私は毛布にうずくまったままでした。
耳を塞ぐのを止め、人の気配が消えてるのを確認してから、おそるおそる毛布から顔を出しました。
お母さんはいませんでした。
私はこれからどうなるんでしょう。お母さんに殺されてしまうんでしょうか。
カイザー・ソゼさん。ワタベさんが言ってたよ。あなたが私を救ってくれるって。早く。早く来て。
このままじゃ私、本当に殺されちゃう。アザミもいない。もう頼りはあなただけなんです。お願いです。
私を、救って下さい!
10/28 快晴
先生が言いました。「お前が死んでりゃ苦労はねぇのにな・・・」
先生は私の横に座り込んで、一人ブツブツ言ってました。私に聞こえるように。
私を殺すの?聞いてやりました。先生は顔を上げて私を見ます。
「昨日のことか?あんな浮気女の事ほっとけ。お前ら顔だけはあいつに似やがって。」
先生が言いたい放題言ってます。この人、私に言っても関係ない、と思ってる。
おい、と声をかけてきました。お前、マジで死ぬか?あの女ならまたやるかもしれねえぞ。
やめて!私は叫びました。昨日のお母さんは怖かった。でも、お母さんを悪く言わないで!
先生は私の胸ぐらを掴みました。お前も、あいつの味方かよ。2回も殺されそうになったくせに!
私は泣きそうになりました。止めて!私はお母さん嫌いじゃないよ!あなたなんかより、ずっと好きだよ!
このマザコン野郎。そう叫んで先生は私をベッドに突き飛ばしました。
それからしばらく、先生は椅子に座ってブツブツ言ってました。私は突き飛ばされた格好のままです。
私は何も言えませんでした。もう嫌。誰か助けて。そう思ってました。
その時です。ドアをドンドン、とノックする音が。
先生はめんどくさそうにドアを見ます。私もドアを見ました。
「早紀さん、迎えに来たよ!」
突然部屋に響き渡る声。私はベッドから飛び起きました。スリッパを急いで履きました。まさか、まさか・・・・
「早紀さん!僕です。カイザー・ソゼです!」
ああやっぱり!カイザー・ソゼさん。本当に、来てくれたんだ!
先生はあっけにとられたような顔をして動きません。ふふ。カイザー・ソゼなんて名前、知らないでしょ。
ペタペタと音を立ててドアに向かいます。ドアの向こうにカイザー・ソゼさんが!
ドアを、開けました。そこには私より少し年下っぽい、男の子がいました。この人が、カイザー・ソゼさん。
「カイザー・ソゼさん、来てくれたのね!」私は嬉しさのあまり叫んでしまいました。
やっと現れた救世主。さあ、私を救って!
でも、なんだか様子が変です。何も喋ってくれません。それに、私が声を出した途端、顔を背けた。
何だろう。私は心配になって「どうしたんですか?」と聞きました。
カイザー・ソゼさんは答えてくれません。ねぇどうしたの?私を救ってくれるんじゃないの?
何で何も言わないの?逃げようよ。一緒にここから逃げようよ!
後ろで先生が何か言ってます。カイザー・ソゼさんは何も喋らない。その目はもうどこを見てるのかもわからない。
深い沈黙。誰も、何も、言わない。
わけがわかりません。助けに来てくれたと思ったのに、何もしてくれない。それどころか、私を見てくれない。
私は何がなんだかわからずに、泣いてしまいました。それでも、カイザーさんは動かない。
余計に悲しくなりました。先生は私の腕をとり、部屋の中に連れ戻しました。
先生がドアを閉める。カイザーさんが、カイザーさんが・・・・・
「あきらめろ」先生が言いました。「お前の姿を見て、マトモでいられる奴なんかいねぇさ」
私の姿・・・・?何・・・・?私の何処に問題があるの?私は早紀。岩本早紀。K.アザミが教えてくれたんだから!
先生は私の言葉を無視し、椅子に座ってうなだれてました。
私は、泣きました。頼みのカイザー・ソゼさんでさえ、私を救ってくれなかった。どうしよう。
もう頼れる人がいないよ。なんでだろう。なんでみんな消えちゃったんだろう。なんで、みんな私を避けるんだろう。
窓から差し込む光が私の身体を照らします。普通だよ。私の身体、全然普通なのに・・・。
無駄な光が目にしみます。
10/29 今日も晴れ
私は部屋で、ひとりぼっちです。息を吸って、吐く。これの繰り返しで一日が終わる。
何故みんな私から離れていってしまうのでしょう。私が何をしたんですか。
お母さんも、先生も、アザミも、カイザー・ソゼさんまでもが私を避けます。
天国のお兄ちゃん。私を襲ったお兄ちゃん。これは、あなたの呪いですか?
私はあなたの事を、いや私自身の事でさえ、K.アザミから教えてもらった知識でしか知りません。
でも、でもね。私はあなたを恨んでません。記憶にないんだから恨みようが無いじゃないですか。
だから、お願い。みんなを返して。私を一人でしないで。お兄ちゃん。私本当に恨んでないんだよ。
お願いだから、これ以上私を苦しめないで下さい。あなたの呪いを解いて下さい。
私は祈りました。光あふれる窓の外に向かって。
光の彼方にいるお兄ちゃん、私を救って下さい。
手を合わせ、何度も何度も祈りました。よく晴れた青空に、私の祈りが響きます。
そして、光に包まれ溶けていく。
祈りは、届きませんでした。
- 第3章 鎮魂歌 - 完
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